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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)293号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)、及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第三号証及び甲第四号証によれば、本願第一発明は、無定形シリコン光検出装置、特に水素化無定形シリコンの真性領域を有する無定形シリコン材料を使用した光検出装置に関するもの(本願公報第二欄第六行ないし第九行)であつて、

(一) 真性領域、すなわち、無ドープ領域を持つ水素化無定形シリコン太陽電池の基本形、及びその無ドープ領域にハロゲンを添加した水素化無定形シリコン太陽電池は本件出願前既に知られているが、右無ドープ水素化無定形シリコンは、最適基板温度で製造したとき僅かにn型であるとの知見に基づき、光照射時における無ドープ薄膜の僅かなn型特性を零に近いか実質的に中性になるように中和することを目的とし(同第二欄第二六行ないし第三欄第五行)、

(二) 特許請求の範囲第一項(本願第一発明の要旨)記載の構成を採用し、

(三) これにより、僅かにn型の材料をP型アクセプタで補償すると、真性水素化無定形シリコン領域の空間電荷密度が極めて小さくなり、無ドープ領域を少量のP型ドープ剤で補償すると、さらに高濃度にドープされたP型水素化無定形シリコンにおけるような再結合寿命の著しい減少による水素化無定形シリコンの光起電力特性の劣化が防止される(同第六欄第二〇行ないし第二六行)等の作用効果を奏する

ものと認められる。

2 第一引用例及び第二引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、及び本願第一発明と第一引用例記載の発明との一致点、相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

原告は、審決が前記相違点についてした判断Ⅰ及びⅡ(前記審決の取消事由参照)は誤りである旨主張するので、まず判断Iについて検討する。

原告は、判断Ⅰが誤りである理由として、結晶シリコンより成る光検出装置と異なり、本願第一発明のような水素化無定形シリコンから成る光検出装置においては、僅かにn型を帯びた真性領域を挟んで形成される空間電荷領域の幅を減少させる要因として、(イ)僅かにn型を帯びた真性領域における単なるn型不純物及びドナー状欠陥の存在、(ロ)光照射時に捕獲された正孔の作用の二つがあるのに、審決は(ロ)の要因を看過し、あるいはこれを無視して、僅かにn型を帯びた領域にP型の不純物を添加して補償し実質的に中性化することが容易に想到し得ることと判断したのは誤りである旨主張する。

前掲甲第三号証及び甲第四号証によれば、本願第一発明の特許請求の範囲第一項には、「真性水素化無定形シリコン領域は、照射時の空間電荷密度を実質的に中性に低減する」との限定があるから、空間電荷密度を実質的に中性に低減しようとしている本願第一発明の対象物は、光照射時における真性水素化無定形シリコン領域であることが理解でき、また、発明の詳細な説明中には、無ドープ水素化無定形シリコンは、最適基板温度で製造したとき、僅かにn型を示し、光照射時におけるこの無ドープ薄膜の僅かなn型特性がドナー状欠陥を意味すること、この無ドープ領域が僅かにn型でないときには、その空間電荷領域を増大できること、このため光照射時において無ドープ領域が僅かにn型でなく、実質的に中性の水素化無定形シリコン太陽電池が望まれていること(本願公報第二欄第三一行ないし第三欄第五行)、本願第一発明の水素化無定形シリコン光検出装置は真性水素化無定形シリコン補償領域を有すること、右補償領域は製造時に発生するドナー状欠陥を補償するに足りる量、すなわち光照射時に空間電荷密度が低下して実質的に中性となるのに足りる量のP型ドープ剤を含んでいること(同第三欄第六行ないし第九行、同欄第三五行ないし第四二行、第四欄第三七行ないし第五欄第二行、第六欄第一行ないし第二六行、第八欄第一〇行ないし第一六行)、P型ドープ剤は光照射時に捕獲された正孔の補償を助けることもあること、無ドープ水素化無定形シリコンにおいては、光照射時の正孔の捕獲が空間電荷に加わつて空間電荷層を減少すること(同第三欄第四二行ないし第四欄第二行)、水素化無定形シリコンにおいては、光照射時のNS(空間電荷密度)をできるだけ低くするため、この材料中の捕獲正孔の補償にアクセプタ状態を追加する必要があること(同第五欄第一一行ないし第一五行)等が記載されていることが認められる。

右認定事実によれば、本願第一発明は、無ドープ水素化無定形シリコンにおける僅かなn型を帯びた領域に対して、そこに適当なP型ドープ剤を添加して補償し、光照射時の空間電荷密度を実質的に中性に低減するものであるが、製造したときの僅かにn型が光照射時におけるドナー状欠陥それ自体を示すものであつて、この製造中に起こるドナー状欠陥を補償するには、光の照射を受けたときに実質的に中性になるだけのP型ドープ剤を添加すればよい、との認識のもとにその要旨とする構成を採用したものであつて、結局のところ、本願第一発明において僅かにn型を帯びた真性領域を挟んで形成される空間電荷領域の幅を減少させる要因は、無ドープ水素化無定形シリコン光検出装置の製造時に既に定まつている固有のものと考えざるを得ない。

そして、前掲甲第三号証及び甲第四号証によれば、本願明細書には、製造時に既に定まつている、僅かにn型を帯びた真性領域を挟んで形成される空間電荷領域の幅を減少させる要因が、(イ)僅かにn型を帯びた真性領域における単なるn型不純物及びドナー状欠陥の存在、(ロ)光照射時に捕獲された正孔の作用の二つであることについては何ら具体的に記載されていないし、(この点の補償のためのどれだけの量のP型ドープ剤を添加することによつて補償を行えるのかは、特許請求の範囲に記載された数値範囲4×1015ないし1.2×1018原子/cm3に開示されていることは理解できても)、(イ)、(ロ)それぞれの要因の補償に対し具体的にどれだけの量(濃度)のP型ドープ剤を必要とするかについても全く開示されていないことが認められる。

したがつて、本願第一発明は、右(イ)及び(ロ)の要因の存在について個別の技術的認識を行つた上で、右認識に基づいてそれぞれの解決手段を個々に案出した点に本願第一発明の本質的な部分が存在するものとは到底いい難く、結局、本願第一発明と、結晶シリコンより成る光検出装置との間には、僅かにn型を帯びた領域にそのn型を単に補償するのに足りる量のP型ドープ剤を添加することにより、右領域内の見掛けのドナー電荷密度とアクセプタ電荷密度とが等しくなり、両者の差である空間電荷密度を零にできて、右僅かにn型を帯びた領域を中性化するものである(結晶シリコンより成る光検出装置がこのようなものであることは、原告の認めるところである。)点において実質的な差異があるということはできない。

この点に関して、原告は、本願明細書には、捕獲された正孔の空間電荷領域の幅に及ぼす影響を独立に測定評価したとの具体的記載はないが、それは真性領域におけるn型不純物と照射時に捕獲された正孔との双方が空間電荷層の幅を挟めるという事実を確認し、かつアクセプタ状態の添加によりその双方を補償できるとの認識があれば、光照射時に当該真性領域の空間電荷密度を実質的中性に低減するに足りる添加P型ドープ剤の濃度を決定するだけで前記補償の目的を十分に達成できるからである旨主張する。

しかしながら、本願明細書には、本願第一発明が前記(イ)及び(ロ)の二つの要因があることを見いだしたものとの具体的記載はなく、また右(イ)の要因の補償を行うのに必要なP型ドープ剤の量(濃度)より多くのP型ドープ剤の量(濃度)を必要とすることさえ記載されていないことは前述のとおりであつて、本願明細書の記載からは、本願第一発明が真性領域におけるn型不純物と光照射時に捕獲された正孔の双方が空間電荷層の幅を狭めるものであることを認識し、かつP型ドープ剤の添加によりその双方を補償できるとの認識のもとにP型ドープ剤の量(濃度)を限定したものとは確認できないから、本願第一発明が照射時に真性領域の空間電荷密度を実質的に中性に低減するのに足りる添加P型ドープ剤の濃度を決定するだけで双方の補償の目的は十分達成されるということはできない。

そして、原告の判断Ⅰについてのその余の主張は、いずれも以上に判示したと同一の理由により採用できないことが明らかである。

したがつて、前記相違点について審決が示した判断Ⅰには原告主張の誤りはない。

3 原告は、判断Ⅱが誤りである理由として、水素化無定形シリコン光検出装置を高い効率で動作させるには、不要n型不純物あるいはドナー状欠陥を単純に補償するだけでは不十分であつて、光照射時の捕獲正孔の作用をも補償して真性領域の空間電荷密度を実質的に中性化させなければならず、そのためには右の単純な補償に要する量よりもはるかに多量のP型ドープ剤の添加を必要とするが、この場合光起電特性の劣化を生じる不利があるので、両者の調和を考慮して実験の上特許請求の範囲記載の数値範囲4×1015ないし1.2×1018原子/cm3  を発見したものであるから、この数値範囲の限定には十分な技術的飛躍があり、審決の判断Ⅱは誤りである旨主張する。

しかしながら、本願明細書には、僅かにn型を帯びた真性領域を挟んで形成される空間電荷領域の幅を減少させる要因が(イ)僅かにn型を帯びた真性領域における単なるn型不純物及びドナー状欠陥の存在、(ロ)光照射時に捕獲された正孔の作用の二つであることについては何ら具体的に記載されていないし、(イ)、(ロ)それぞれの要因の補償に対し具体的にどれだけの量(濃度)のP型ドープ剤を必要とし、殊に(イ)の要因の補償のために単純な補償に要する量よりはるかに多量のP型ドープ剤の添加を必要とすることについては全く記載されていないこと、本願第一発明と結晶シリコンより成る光検出装置との間に、僅かにn型を帯びた領域に、そのn型を単に補償するのに足りる量のP型ドープ剤を添加することによりこれを中性化できる点において実質的な差異を確認できないことは前記2のとおりである。

したがつて、本願明細書の記載から、本願第一発明は、そのP型ドープ剤の添加量(濃度)が暗黒時不要n型不純物あるいはドナー状欠陥を単に補償する量(濃度)を用いているだけでなく、光照射時の捕獲正孔の作用をも補償するに足りる多くの量(濃度)を用いているものであり、しかも右多くの量(濃度)は当業者が予測できない程度の量(濃度)に該当するとは認識することができない。

この点に関して、原告は、本願明細書中に不要n型不純物あるいはドナー状欠陥が暗黒時のものであると明記されていないことは認めるが、それは材料として無定形シリコンを使用する装置のn型導電率などの測定値は暗黒時のものをいうのが技術常識であるので省略したにすぎず、無定形シリコンでは内部に捕獲中心となる欠陥を多数含んでいるため単結晶シリコンの場合と等量のP型ドープ剤を添加するだけでは暗黒時の補償は得られても光照射時の補償はできない旨主張する。

しかしながら、無定形シリコンにおいては、単結晶シリコンの場合と異なり内部に捕獲中心となる欠陥を多数含んでいて、単結晶シリコンの場合と等量のP型ドープ剤を添加しただけでは暗黒時の補償はできても光照射時の補償ができないものであるならば、当然明細書にその点の記載がなされるべきであるのに、本願明細書にはこのような記載の存しないことは前述のとおりであるから、本願第一発明が原告主張のような技術内容を有するものとは到底理解することができない。

そして、本願第一発明は、僅かにn型を帯びた領域に、そのn型を補償するのに足りる量のP型ドープ剤(P型不純物)を添加することにより、これを中性化している点において結晶シリコンより成る光検出装置と差がないことは前述のとおりであり、この際右結晶シリコンより成る光検出装置において右僅かにn型を帯びた領域をP型ドープ剤(P型不純物)の添加によつて中性化する手段が本件出願当時周知であつたことは当事者間に争いがないから、本願第一発明において僅かにn型を帯びた領域をP型ドープ剤(P型不純物)の添加によつて中性化する際に、補償用P型不純物の濃度に関する数値範囲を4×1015ないし1.2×1018原子/cm3に設定することは、無ドープ水素化無定形シリコンの製造工程において不可避的に生じるn型不純物の濃度との関連においておのづと定まる数値範囲にすぎないことというべきであつて、この数値限定自体に技術上の飛躍があつたとは認められない、とした審決の判断Ⅱに誤りはない。

4 以上のとおりであつて、本願第一発明と第一引用例記載の発明との相違点についてした審決の判断は正当であるから、審決に原告主張の違法は存しない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

1 導電性基板と、この基板に接する第一の主表面及びその反対側の第二の主表面を有し、少なくとも一つが真性水素化無定形シリコン領域である導電型を異にする複数個の領域を含む水素化無定形シリコン層とを具備し、前記真性水素化無定形シリコン領域は、照射時の空間電荷密度を実質的中性に低減するに足る4×1015ないし1.2×1018原子/cm3の濃度の適当なP型ドープ剤により補償されていることを特徴とする無定形シリコン光検出装置(以下「本願第一発明」という。)。

2 導電性基板と、この基板に接する第一の主表面及びその反対側の第二の主表面を有し、少なくとも一つが真性水素化無定形シリコン領域である導電型を異にする複数個の領域を含む水素化無定形シリコン層と、前記第二の主表面に電気的に接触する手段とを具備し、前記真性水素化無定形シリコン領域は、照射時の空間電荷密度を実質的に低減するに足る4×1015ないし1.2×1018原子/cm3の濃度の適当なP型ドープ剤により補償されていることを特徴とする無定形シリコン光検出装置(以下「本願第二発明」という。)。

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